Editions of ‘The Americans’ [Robert Frank]


全部のエディションはコンプリートしたと言った。どういうことか。おんなじ写真集を何冊も買いやがって。

ロバート・フランクの『The Americans』には現在大きく分けて5つのエディションがある。
こんなに形を変えて今も生き続けている写真集はなかなか無い。

何をもって「エディション」と呼ぶか、みたいな問題もあるけど、個人的にはイメージに別カットへの差替えやトリミングに変更があり、それらの共通のものを一つのエディションとして括っている。そして出版年に関してはアメリカ版が出版された年を基準にした。

以下持っているものを中心に特徴などを書いていきます。

まず最初に1958年にフランスのデルピール社(Delpire)から『Les Américains』というタイトルで百科事典的シリーズの中の一冊として出版される。
あまりにもアメリカ賛美とは真逆の内容だっとことで本国では出版が叶わず、まずはフランスでの出版となった。だから本来ならこのデルピール版こそが「初版!」と言われるべきものなんだろうけど、この後に出てくる出版社であるグローブプレス社(Grove Press)にロバートが送った手紙からわかるように、デルピール版の左ページに写真とは全く関係のないテキストが掲載されている等の構成に全然納得していない様子。なのでこれを初版と呼ぶには少し抵抗があるので無視する。なんといってもアメリカンズとは切っても切れない関係であるジャック・ケルアックがいない。

その手紙の内容には
・カバーデザインが良いとは思えないこと
・ケルアックが書いた序文が無いこと
・右ページに写真、その反対は白紙ページであって欲しいこと
・グッゲンハイム奨学金に対する一文を入れて欲しいこと
などが書かれている。

この手紙がとても良くて、ロバート・フランクがこの写真集の出版にかける期待や熱意が伝わってくる。そして1959年に出版後、メディアから酷評されてロバートが写真からしばらく離れてしまうことを知っているので少し切なくもなる。

この手紙の最後「タイトルは何にするつもりですか?」とロバートが尋ねているところに、Grove Press社のバーニー・ロセットが「The Americans」と書き込んでいる。痺れる。

(1)Grove Press(1959)


この版こそが、1957年に小説『On The Road』が出版され乗りに乗っていたビート・ジェネレーションの王様ジャック・ケルアックの序文がついた、今後何度も版を重ねていく上での実質原型となった記念すべき米国版ファースト・エディション。この版以降全てのエディションでケルアックの序文が付くようになった。Delpireが出版する復刻でさえも。
有無を言わさぬかっこよさ。好きなものと好きなもののコラボは経験したことありますか?僕はあります。しかも僕が生まれる前にすでに。

特徴

28番目の写真”Jehovah’s Witness – Los Angeles”の男性の後ろの壁が十字架に見えるようにトリミングされている。(メッセージ性が強すぎる、という判断からなのかGrossman以降は少し広めのトリミングに)

グラビア印刷という手法で印刷されていて濃淡がいい感じとかなんとか。詳しいことは分かりませんが、確かに良い。ボブ・ディランの『Blonde on Blonde』を”水銀のようなサウンド”と誰かが言ってたような気がするけどまさにそんな感じ。とりあえず「The Americans見よう」って時はこれを見るようにはなった。

あとがきに差し込まれたグッゲンハイム奨学金に関する一文。これをどうしても入れて欲しいと伝えたフランク。感謝と誇らしさが伝わってくる、短いけど熱い。

裏表紙はアルフレッド・レスリーによるコラージュ作品。この後の版でもほぼ全て白と黒でデザインされるなか、唯一ジャケットに赤が使われている。

(2)Aperture(1968)/ Grossman(1969)


酷評された後、徐々に評価が高まっていく中で約10年ぶりに復刻された2つ目のエディション。1968年にAperture(アパーチャー)からソフトカバーで出版されて、翌年にGrossman(グロスマン)からハードカバーで出版される。
少し写真から離れてムービーを撮るようになってたフランク。「何だよ今頃」の恨めしさを込めるかのように、コントラストが高く特に人の顔が映った写真に顕著に感じる。のは多分気のせいで、この頃始まったばかりのストーントーン印刷に起因する言われている。誰か詳しい人どんな印刷方法なのか教えて。
個人的に「いつか手に入れて表紙を見せて飾りたいなぁ」と思ってた憧れの、でもある。「いつかはGrossman」
Grove Pressは高価すぎて眼中になかった。つい先月までは。

特徴

(左がGrove Press、右がGrossman)

さっきも言ったけどコントラストが全体的に高い。だけどこれはこれでかっこいい。ロバート・フランクの評価が高まっていく中、(1)のエディションを図書館等で借りて見ていた当時の写真家たちがこの復刻によって手に入れられるようになった。なので「ロバート・フランクに影響を受けた」と言ってる人たちはこのエディションに馴染んでいる人が多いのではないか。

装丁などはGrove Press版を割と忠実に復刻しようとしているのでサイズもそのまま。中に収められた写真はほんの少し小さくなってる。そして縦構図の写真は横に広くなるようにトリミングされているものが多い。

この版のみ巻末に”CONTINUATION”と題して映画フィルムのコンタクトが数ページ収められている。
「初版以降は映画撮ってるよ。これからは映画だから、そこんとこよろしく」という現役感を出すための仕掛け。ここにアレン・ギンズバーグも写ってる!それだけでも買いでしょこの版は。「どれか一冊だけ縛り」ならこれ。

写真の差替え

(左がGrove Press、右がGrossman)

41枚目の’Luncheonette – Butte, Montana’が別のコマに。いやわからんて。「ロバートさん、この写真はコンタクトに採用指示あるこのコマですか?」「そらそうよ」みたいなやり取りすらなかったのか。Grove Press版では赤ペンで印が書かれていた方が採用になっていたのにGrossman版からはその隣の印が付けられていない方が採用に。はっはーん、さては適当に選んだな。

(3)Aperture(1978)


3つめのエディションはスッキリしてる。Aperture(アパーチャー)から出された1種類のみ。

特徴

このエディション最大の特徴は3つ目のエディションにして初めてロバート・フランクが自由にサイズを選べるとなって選んだサイズ。初版は百科事典シリーズに引きずられてサイズが決定していたし、(2)だってそれの復刻。

一番デカい、それに尽きる。いや、「それだけ?」じゃないよ。サイズは少し大きいだけでも印象がずいぶん変わることは写真をプリントしたことある人なら実感としてあるはず。細部までよくわかる。あと老眼にも優しい。「どれか一冊だけ縛り」ならこれ。サイズが大きいことに伴ってなのか、トリミングが1番広くとられている写真が多いのもポイント高い。

(2)の巻末にあった映画のフィルムコンタクトは無くなって、代わりに83枚目の最後の写真のコンタクトシートから選ばれた3コマが掲載されている。これはロバート・フランクと一緒に車でのアメリカ旅に連れて行かれた家族を撮った写真なんだけど、本編の方に採用されたのは疲れ切った表情をした奥さんと息子。娘は髪の毛だけが写っていて表情は見えなかった。それがこのコマではカメラを構えるロバートを見つめ返す家族3人の表情が。一緒に過酷な旅に付き合ってくれた家族を労うような3コマ。

写真の差替え

(左がGrossman、右がAperture)

ここでは50枚目の’Assembly line – Detroit’に差替えがあった。これはなんとなく「次の写真への繋がりを‘腕’より‘サングラス’を強調したかったのかな」とまあちょっとだけ理由らしきものをつけようと思えばつけられる。
この(3)のエディション以降は全て右の写真が使われることになる。

(4)Pantheon(1986)/ Scalo(1993)


このエディションが一番バージョンが多くカオス。出版国によって装丁が変更されていたり、表紙に使われる写真も「トロリー」だけじゃなくなった。個人的にこのエディションに含まれるScalo版が20年以上前に入手して馴染んでいるので1番思い入れがある。唯一の日本語版(宝島社)があるのもこのエディション。

特徴

サイズは(3)から少し小さくなった分取り回しやすくなって気軽に見れるちょうどいいサイズ。手に持って見ることも出来るし、机の上に置いてじっくり見るにもいい。攻守最強。(攻とは?守ってなによ?)

巻末の3コマは(3)から引き継がれているけど、3コマ目に家族3人の名前がロバートの手によって書かれている。表情もより見やすいように処理されている。笑顔がほぼ出てこない写真集にして最後の最後で娘アンドレアが笑ってる。(アンドレアは飛行機事故により1974年に亡くなった)

このエディション以降、印刷からはまるでレコードからCDになったような雑味のなさを感じる。ちょうどCDがレコードのシェアを追い抜いた頃の出版。現代的。今の人が見ても被写体以外の要素で「古い」と感じることはないと思う。そしてケルアックの序文を山形浩生氏の日本語訳で読みたい場合はこれ一択。「どれか一冊だけ縛り」ならこれ。

それぞれの写真にもノイズを除去するかのように丁寧に「邪魔」と感じたものを目立たなくする処理が施されている。

写真の差替え

(左がAperture、右がScalo)

ここでは27枚目の’Metropolitan Life Insurance Building – New York City’に変更があった。これはギリ気付ける。オレでなきゃ見逃(略
ここでは採用指示があるコマへの変更。はっはーん(略

あと(2)で差替えがあった41枚目の写真が元のコマに戻されている。謎。そしてトリミングもついでに大きく変更されている(次のSTEIDL版にもそのトリミングは引き継がれる)。ぜひお手元の『The Americans』でご確認ください。

(5)STEIDL(2008)


The Americans出版50周年を記念してSTEIDL(シュタイデル)から発売。『世界一美しい本を作る男』という映画まであるSTEIDLがオリジナルプリントからスキャンをして「決定版」を作ろうとしたエディション。サイズも初版と同じ。
”デジタルリマスター紙ジャケ”みたいなもん。買うやろそら。

これにも出版国違いが結構あるけど、基本的にはSTEIDL版そのままで言語を変更したくらいのもの。
初めて中国語でも出版され、タイトルは『美国人』。「なんなん?アメリカに媚び売ってんの?」と思ったら中国ではアメリカ人を発音からこう表記するんだって。疑ってごめんな。「米国人」よりいいと思います。

特徴

とにかく紙が分厚い。なので本の厚さはこれが1番厚い。紙も上質。印刷も綺麗だし表紙の写真もトロリーに戻った。2019年にロバート・フランクが亡くなってしまったので、本人が関わった最後のエディションでもある。フランクが亡くなった2019年(12版)を最後にSTEIDLからは再版されていない。まさに「決定版」。「どれか一冊だけ縛り」ならこれ。

写真の差替え

ここでは(4)からの差替えはなし。

ということで、「ちょこちょこ差替えあってよくわかんねぇよ。全部見たいんだよ全部」という方、ご安心ください。たった2冊で差替え分全てをを揃える最短攻略方法があります。
(2)Grossman と
(4)Scalo系、か(5)STEIDLのどちらか
の2冊を買う。簡単。
写真が変わってるんですよ?買いましょう。
もしあなたが(4)か(5)を持っている場合はなんと!(2)のGrossmanを買うだけで済みます。買いましょう。

まとめ

とまあここまでの結論といたしましては、「どれも違ってどれでもいい」というのが本音。持ってないことに比べたら「どのエディションが、、」なんて些細なこと。スマホ持ってない人が「iPhone12が〜14が〜」とか言ってたら「たいして変わらんわ。どれでもいいからはよ買え」と思うでしょ。
聖書だっていろんな翻訳があるけど読むこと自体が大事なのであって「この翻訳だと読んだ意味がない」みたいなことはない、よね?

来年2024年にロバート・フランク生誕100年ということで、(3)を出版したApertureから46年ぶりに復刻されるらしい。全てヴィンテージプリントからのスキャン、アレン・ギンズバーグによる『The Americans』に対する言葉も収録されるとか。多分買う。装丁やサイズ、トリミングがどうなるのかとか気になる。エグルストンの『Los Alamos』くらいの大きさで出版されたら嬉しい。でも「どれか一冊だけ縛り」ならこれ以外。

というわけで興味が湧いた方は以下のより詳細なリストを検索用にお使いください。

Robert Frank The Americans, Edition History
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(1)
Les Américains
Delpire, 1958, First French edition
Hardcover, 174 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

The Americans
Grove Press, 1959, First American edition
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

Gli Americani
Il Saggiatore, 1959, First Italian edition
Hardcover, 174 pp, 83 pcs, 19 x 21 cm

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(2)
The Americans
Aperture and MoMa, 1968, 1969
Paperback, 192 pp, 83 + 6 pcs, 19 x 21 cm

The Americans
Grossman, 1969
Hardcover, 192 pp, 83 pcs + 6 pcs, 19 x 21 cm

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(3)
The Americans
Aperture, 1978, large-format edition
Hardcover, 184 pp, 83 + 1 pcs, 24 x 29 cm

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(4)
Les Américains
Robert Delpire, 1986, 1997
Hardcover, 180 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

The Americans
Pantheon, 1986, Fourth American edition
Hardcover/Paperback, 182 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

Die Amerikaner
Christian Verlag, 1986, First German edition
Hardcover, 182 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

Die Amerikaner
Buchclub Ex Libris Zürich, 1986, First Swiss edition
Hardcover, 182 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

The Americans
Cornerhouse, 1993, First UK edition
Hardcover/Paperback, 180 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

The Americans
Scalo, 1993, 1994, 1998, 2000
Hardcover/Paperback, 180 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

アメリカンズ
宝島社 1993 日本語初版
ハードカバー 180 pp, 83 + 1 pcs, 22 x 25 cm

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(5)
The Americans
Steidl, 2008, The Americans 50th Anniversary Edition
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

Gli Americani
Contrasto and Steidl, 2008
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

Les Américains
Robert Delpire, 2008
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

美国人
Steidl, 2008, First Chinese edition
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

Los Americanos
La Fábrica, 2008, First Spanish edition
Hardcover, 180 pp, with 83 pcs, 19 x 21 cm

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(6)
The Americans
Aperture, 2024, Robert Frank 100th Anniversary Edition, in print